名古屋大学 大学院工学研究科 有機・高分子化学専攻 上垣外研究室

Research

精密重合反応の開発と高分子の精密合成

合成高分子は、小さな分子(モノマー)が重合反応によって共有結合でつなげられてできる、分子量の大きな化合物(ポリマー)です。石油化学工業の発展に伴い、さまざまな高分子が合成され、現代社会に大きく貢献してきています。一方、自然界にはタンパク質や核酸のような天然高分子が存在し、生命体の活動を担っています。このような天然高分子は、分子の長さ、立体構造、モノマーのつながる順序などが精密に制御され、高度な機能を発現しています。合成高分子でも、高分子の構造を制御することで、性能や機能に優れた高分子材料が開発されていますが、構造制御の観点からは、天然高分子にはまだ及びません。現在、高度な構造制御を可能とする高分子の精密合成に関する研究が、世界的に広く行われており、さまざまな分野からその発展が期待されています。

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上垣外研究室では、反応の制御された新しい精密重合反応を開発し、構造の制御された高分子の精密合成を行うことで、性能や機能に優れた高分子材料の開発につながる研究を行っています。

以下に、本研究室で取り組んでいる主な研究テーマを示します。

分子量の制御

共有結合の可逆的活性化に基づくリビング重合

リビング重合は、連鎖重合における4つの素反応のうち、開始反応と生長反応のみからなり、停止反応と連鎖移動反応のない重合であり、ポリマーの分子量や末端構造を制御することが可能な重合です。リビング重合は、当初、生長種が安定な炭化水素系ビニルモノマーのアニオン重合において見出されました。その後、電子供与性モノマーのカチオン重合や、さまざまなビニルモノマーのラジカル重合においても、共有結合を可逆的に活性化して生長種を生成する方法により、リビング重合が可能となっています。

リビングカチオン重合:ルイス酸による共有結合の可逆的活性化

本研究室では、ビニルモノマーのラジカル重合やカチオン重合において、共有結合の新たな可逆的活性化手法を設計することで、新しいリビング重合系の開発を行っています。

可逆的連鎖移動機構によるリビングカチオン重合
立体構造の制御

立体特異性リビング重合

ビニルポリマーの物性は立体構造に依存し、立体特異性重合により立体規則性の高いポリマーを合成することで、性能の優れたポリマーにすることができます。これまでに、配位重合では、立体規則性の高いポリマーの合成が可能となり工業化もされていますが、ラジカル重合やカチオン重合においては、高度な立体構造制御はまだ困難です。さらに、立体構造と分子量の同時制御を可能とする立体特異性リビング重合は、より精密なポリマー設計として期待されます。
本研究室では、ラジカル重合やカチオン重合において、とくにリビング重合系に立体構造制御を可能とする因子を組み込むことで、分子量と立体構造の同時制御を可能とする立体特異性リビング重合系の開発を行っています。

立体特異性リビングラジカル重合と特殊構造立体規則性ポリマーの合成
モノマー配列の制御

高分子合成において、モノマー配列の制御は究極の課題であり、いろいろな重合系でさまざまな方法が提案され、研究が行われています。合成高分子においても、モノマー配列を制御することで、ポリマー鎖の形態や高次構造に影響を及ぼし、さらには物性や機能の向上が期待されています。

本研究室では、主にビニルモノマーを用いた重合において、いくつかの方法により、この研究課題に取り組んでいます。

共重合におけるモノマー連鎖制御

ラジカル重合は、その高い反応性に起因し、さまざまなビニルモノマーの共重合を可能とします。共重合の相手によって、ポリマーの性質を変えることができるため、ラジカル共重合は工業的にも広く用いられています。多くの場合、共重合におけるモノマー連鎖は、モノマーの組み合わせによって決まるモノマー反応性比に従い、統計的な共重合体が生成します。

本研究室では、ラジカル共重合において、ルイス酸やフルオロアルコールのように、一方のモノマー成分に強く相互作用するような化合物を添加することで、モノマー反応性比を変化させ、モノマー連鎖制御の研究を行っています。さらに、リビング重合と組み合わせることで、分子量と連鎖が制御された共重合体の合成へと展開しています。

リモネンとマレイミド誘導体の1:2ラジカル交互共重合

ラジカル逐次重合によるモノマー配列制御

連鎖重合であるラジカル重合では、モノマー反応性比によってモノマー連鎖が統計的に決まるため、連鎖分布を有するポリマーが生成し、特殊な場合を除いてモノマー連鎖が完全に制御された高分子を合成することは困難です。

本研究室では、遷移金属触媒を用いたリビングラジカル重合の基礎反応である、原子移動ラジカル付加反応により、ビニルモノマーを一つずつ順番につないだ定序配列モノマーを合成し、これを同様な付加反応を逐次的に進行させるラジカル重付加機構で重合させることにより、完全にモノマー配列が制御されたビニルポリマーの合成に成功しています。このような1分子ラジカル付加反応と重合反応を組み合わせる方法で、さらにモノマー配列制御の研究を展開しています。

1分子ラジカル付加とラジカル重付加による定序配列ビニルポリマーの合成
異なる重合を組み合わせた重合系の開発

重合反応により、重合させることができるモノマーの種類や、生成させることができるポリマーの構造には、それぞれの特徴があると共に制限があります。もし、異なる活性種や異なる機構による重合反応を、1本のポリマー鎖に対して同時に進行させることができれば、これまで1つの重合反応では合成することができなかった新しいポリマーを合成することが可能と考えられます。

本研究室では、これまでの精密重合で得られた知見を基にして、異なる重合を組み合わせた新しい高分子合成に取り組んでいます。

ラジカル連鎖・逐次同時重合

本研究室で開発した遷移金属触媒を用いたラジカル逐次重合は、連鎖重合である遷移金属触媒を用いたリビングラジカル重合と同様に、金属触媒による炭素—ハロゲン結合の活性化に伴うラジカル種の生成を共通の基礎反応として進行します。そこで、逐次的と連鎖的で重合機構は異なりますが、共通のラジカル生成機構で進行するこれら2つの重合を同時に行うことで、例えばビニルポリマーとポリエステル連鎖が1本のポリマー鎖に組み込まれた共重合体の合成に成功しました。これを用いて、マルチブロック共重合体など特殊構造高分子へと研究展開しています。

ラジカル連鎖・逐次同時重合

リビングラジカル・カチオン同時重合

リビングカチオン重合とリビングラジカル重合は、いずれも、共有結合の可逆的な活性化という共通の方法によって可能になっています。本研究室では、これら2つの重合に用いられる共通の共有結合から、カチオンとラジカルを反応系中で同時に可逆的に発生させることで、1本のポリマー鎖からカチオン生長種とラジカル生長種が相互に変換しながら生成することを実現し、これまでにない連鎖から成る共重合体の合成に成功しました。このような方法をさらに拡張して、新たなポリマー合成手法の開発を行っています。

ラジカル連鎖・逐次同時重合
構造が精密に制御された高分子の合成

ブロック、星型、グラフトポリマーなどの特殊構造高分子の合成

リビング重合を用いると、異なる種類の鎖が連結されたブロックポリマー、多数のポリマー鎖が一つの核に連結した星型ポリマー、一つの鎖に多数のポリマー鎖が結合したグラフトポリマーなど、さまざまな特殊構造を有する高分子を精密に合成することが可能です。このようなポリマーは、その構造に起因する特殊な性質を有しており、工業的にも生産され各種用途に用いられています。

本研究室では、リビングラジカル重合、リビングカチオン重合、さらに独自に見出した精密重合を用いて、種々の特殊構造高分子を合成しています。さらに、共同研究なども通じてその構造や性質を明らかとし、機能性高分子材料に向けた研究展開を図っています。

リビングラジカル重合によるAxBAブロック-グラフト共重合体の合成と解析
植物由来モノマーの精密重合による
新規バイオベースポリマー合成

地球温暖化や石油資源の枯渇など環境問題の観点から、再生可能資源に基づく循環型社会の形成に向けた取組が、研究開発でも重要となってきています。とくに、高分子においては、植物由来の化合物を原料とするバイオベースポリマーの開発が盛んに行われ、実用化もされてきています。

本研究室では、天然に豊富に存在する植物由来のビニル化合物に着目し、これまで培ってきたビニルモノマーの重合に関する知見を活かして適切な重合系を開発することで、新規なバイオベースポリマー合成に関する研究を行っています。とくに、植物由来のテルペン類やフェニルプロパノイド類、糖質の発酵などによって得られるビニル化合物を、その構造に基づき、オレフィン系、スチレン系、アクリル系モノマーなどに分類することで、それらの精密重合系を開発し、植物由来の特殊な構造を活かした、性能や機能に優れたバイオベースポリマーの設計をめざしています。

テルペン類の精密重合

テルペン類には、ピネンやリモネンなど、多種多様な炭化水素系のビニル化合物が豊富に存在します。これらはオレフィン系ビニルモノマーとして見なすことができ、その構造に適した重合系を用いて、例えば、環状骨格を主鎖に有する高分子量ポリマーとすることが可能で、透明性、耐熱性、低吸湿性などに優れたバイオベースシクロオレフィンポリマーの合成に成功しています。リビングカチオン重合やリビングラジカル重合、共重合を駆使することで、さまざまなテルペン類から、新しい構造を有するバイオベースビニルポリマーの開発を行っています。

フェニルプロパノイド類の精密重合

フェニルプロパノイド類は、芳香環(フェニル基)と炭素数3つ(プロピル基)を基本骨格とする植物由来の化合物であり、β-メチルスチレンや桂皮酸の構造を有するさまざまな化合物が存在します。これらは、スチレンやアクリル酸エステル誘導体と見なすことができる部位をもち、ビニル基の共役置換基によって比較的安定なカチオンやラジカルを生成します。ビニル基周りの嵩高さにより、重合反応性が低いこともありますが、ラジカル共重合で得られた知見を活かしたり、簡単な変換反応により反応性の高い構造に変換することで、ポリマー化が可能になっています。

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